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白河小峰城・会津若松城 |
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青春18きっぷ

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事前の計画案

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2017年夏の青春18きっぶを利用して、東北地方内陸部のお城めぐりに出かけた。
2017年夏の青春18きっぷは、2017年7月20日から9月10日までの使用期間(53日間)になっている。使用期間内なら連続だろうが、飛び飛びだろうが使用可能だ。1人で5日分使うのもあり、5人で1日で使い切るのもあり。今回の旅の予定は2泊3日の旅。と言うことは、2日分のチケットが余ることになる。別途、改めて計画して期間内に使い切ることにする。
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JR東北本線黒磯駅と乗換電車 |
7月26日水曜日、大宮駅午前6時12分発のJR宇都宮線/宇都宮行に乗る。通勤ラッシュが始まる時間だが、東京とは反対方向のため、それほどの混雑ではなかった。定刻の7時29分に宇都宮駅に到着、7時40分発の黒磯行に接続する。黒磯駅で本日2度目の乗り継ぎをする。JR東北本線/郡山行に乗ったのは8時54分、最初の目的地白河駅に着いたのは大宮駅を出てから約3時間後の9時21分だった。
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白河駅
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東日本大震災被害状況
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白河駅のすぐそばに白河小峰城があるが、駅の出口とは反対側のため、地下道をくぐって城に行く。白河小峰城は東日本大震災で被害が出た。地下道には被害の様子や小峰城ゆかりの人物のパネルが展示されている。
白河集古苑(現在は「小峰城歴史館」という名称。旧「白河集古苑」をリニューアルし、2019年4月に開館している。)で白河小峰城のスタンプをもらう。
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白河集古苑
(スタンプ設置場所)
( 現在はリニューアルし小峰城歴史館という名称 )
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白河小峰城を見学し、白河駅からJR東北本線/郡山行に乗る。郡山駅で乗り換えJR磐越西線/会津若松行に乗ったのが、11時39分。会津若松には12時59分到着。
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終点会津若松駅
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会津若松駅
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会津若松駅を出てすぐ右に進む。まっすぐな道で「大町通り」という。駅から約950m行くと「野口英世青春通り」に名前が変わる。野口英世が過ごした青春時代がそこにあった。
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野口英世
青春通り
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野口英世
青春通りの街灯
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野口英世博士と旧会陽医院
この建物はアメリカから帰朝し、最新の医療技術を身につけた渡部鼎先生によって、明治23年(1890)に開業された旧会陽病院である。幼少の頃に左手の火傷を負った野口英世博士(幼名:清作)は先生の執刀で手術を受けた。医術の奇跡に感動した博士は、翌年猪苗代高等小学校を卒業すると、医学の道を志し、会陽医院に書生として入門した。
博士はこの会陽医院で猛烈に勉強し
、現存する2階の書生部屋で深夜まで英語や仏語、独語の原書を読みふけっていたという。明治29年夏に上京するまでの約3年間、ここで多感な青春時代を過ごした。女学生山内ヨネとの初恋もこの時代だった。
のちにノーベル賞候補にもなった博士が平成16年(2004)秋、新千円札のモデルに採用された。
~ 現地案内板引用 ~
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旧会陽病院
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野口英世青春広場にある銅像
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野口英世青春通りを突き当たり、左折する。国道118号を横切って進むと会津若松市役所本庁舎が右手に見えてくる。市役所を過ぎて最初の信号を右折する、北出丸大通りだ。左側の造酒屋「宮泉銘醸」を過ぎると正面に鶴ヶ城入口が見えてくる。
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会津若松市役所 本庁舎
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宮泉銘醸 |

鶴ヶ城入口 |
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会津若松城(鶴ヶ城)を見学。天守閣内の売店でスタンプを押す。
城見学後、鶴ヶ城入口から出て、先ほど来た北出丸通りを逆に進む。往きでは曲がってきた信号をそのまま直進すると左側に甲賀町口門跡がある。見学してから会津若松駅に向かう。
会津若松駅から来た時とは逆に郡山駅に行く。16時21分発、17時34分到着のJR磐越西線/郡山行で再び郡山駅に着いた。今日は、郡山に宿泊。駅から少し離れたところのホテルに予約しておいた。最後にもうひと頑張り、歩く。
郡山泊
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郡山駅
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パンフレットと入場券
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