| 赤岩渡船場(葛和田渡船場)の話 |
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| 赤岩渡船の歴史は古く、既に永禄年間(1558~1569)上杉輝虎(謙信)の案内状によれば、船橋を架けて軍が渡河していたと伝えられている。 この河岸は、江戸時代の年貢米、参勤交代の荷物、生活物資等の集積地であり、上下流の物資の中継地点としてにぎわい、赤岩の地は宿場町として栄えた。また、板東十六渡津(渡し場)の一つに数えられ、中山道熊谷、行田方面及び野州足利方面への往還として水陸交通の要衝であった。大正15年に県営となり、昭和24年千代田町が県より直接委託を受け管理運営にあたっている。現在、群馬県邑楽郡千代田町赤岩と埼玉県大里郡妻沼町葛和田を結ぶ県道熊谷・館林線の道路渡船として地域の人々に利用されており、付近は水上レジャーのメッカでもある。 |
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