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本庄城趾 本庄城は、1556年本庄宮内少輔実忠により築城されたといわれています。 本庄氏は山内上杉氏に属したが、1567年に後北条氏に攻められて落城し、後北条氏に属したが、実忠の子隼人正の代に至って1590年豊臣秀吉の関東攻めにより落城した。 |
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城山稲荷神社とケヤキ 城山稲荷神社の祭礼は宇加之御魂神。 本庄宮内少輔実忠が本庄城の守護神とするため、西本庄の地より椿稲荷明神を城内に奉斉したといわれている。 1590年小笠原氏が社殿を再興し、1598年上州赤城山麓より松樹百本を取寄せて社内に植え、深く尊崇した。現在の社殿は1844年6月に再建されたものです。 社殿近くのケヤキは本庄城築城のおり献木されたといわれている。目通り6.3メートル、根回り13.3メートル、枝張りは、30メートル四方に及ぶ。樹齢はおよそ400年。(県指定天然記念物) |
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城山稲荷神社のやぶつばき 本庄市指定文化財。 |
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田村本陣の門 本庄宿の北本陣といわれた田村本陣の正門です。 本陣とは、宿場を往来する大名や幕府役人などの公用旅館のことです。田村本陣があったのは現在の中央1丁目6の区域で、1642年から宿泊記録が残っています。(本庄市指定文化財) |
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歴史民族資料館 歴史民族資料館は旧本庄警察署で、明治16年に建てられました。洋風建造物として、県内に残る遺構の白眉です。 二階建て、瓦葺き、漆喰塗大壁造り。 |
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歴史民族資料館 この建物は、吹き抜けのベランダや石造りを模した木彫の列柱、手摺金物、出入口の半円形窓、左右対称の上下げ窓、壁面の隅飾りなどに、明治初期の洋風建築の特徴が見られます。モダンな警察署として市民に長く親しまれました。 |
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愛宕神社とケヤキ 愛宕神社は、旧開善寺境内にある古墳上に祀られています。1591年本庄城主小笠原信嶺が勧請したと言われています。神殿に至る石段の左手にあるケヤキは神木とされており、根元から南北二樹に分かれています。南樹は目通り3.7メートル、北樹は目通り4メートル。本庄市指定文化財。 |
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旧本庄商業銀行 煉瓦造りの旧本庄商業銀行。現在は洋菓子屋さんになっています。 |
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