源頼信と箭弓稲荷神社の話
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 長元元年(1028)下総の国(千葉県)の城主、前上総介平忠常は、下総に乱を起こし安房・上総・下総を手中に収め、大軍を率いて破竹の勢いで武蔵の国に押し寄せてきました。

 長元3年の秋、忠常追討を命ぜられた冷泉院の判官代甲斐守源頼信(多田満仲の子、頼光の弟)は、武蔵国 比企郡 松山 野久ヶ原(やきゅうがはら)に本陣を張りました。一泊した際に箭弓稲荷神社に詣でて、敵退治の願書を呈し、太刀一振と馬一頭を奉納し、一夜祈願しました。

 その晩、白羽の矢のような形をした白雲が起こって敵陣の方へ飛んでいくのを見ました。(「白狐に乗った神が弓矢を授けた夢を見た」という説もあります。)これは、神様のお告げだと、直ちに兵を起こして敵陣に攻め込みました。
 忠常の兵は不意の攻撃になすすべもなく敗れ、三日三晩の戦いで潰滅しました。

 頼信は喜び、凱旋の際に立派な社殿を再建し「箭弓稲荷大明神」とたたえたと伝えられています。