原 市 沼 つ る の 話
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   原市沼つるの話 (矢部家文書抜萃)

 安政6年(1777年)現在の上流とされる真菰の中につるが巣をつくり原市と近隣の村々が大さわぎになりました。
● 4月 末(月日は全部旧暦)親鳥二羽卵二つ生む。公儀勘定所に届出る。
● 5月 1日 5日 8日 紀州家より役人見分に来る。
● 5月 8日  真鶴と判定 番人昼4名 夜8名番小屋で見張り 餌毎日 もみ1升 どじょう5  合餌付係は源太郎。鶴の巣付近は人、田舟等立入禁止。
● 5月13日 ひな壱羽貝割(ふ化)
● 5月14日 毎日もみ2升 どじょう1升と餌を増加 丸山に番小屋を増設 番人昼5名 夜8名 とする。
● 5月17日 二つ目の卵がふ化
● 5月18日 仲仙道より現地までの道 普請のべ135人実施。
● 6月 1日 夜大雨
● 6月 2日 朝 ひな1羽 下平塚田の畔に落死「掛渡井に住む川ウソが増水で来たのではな いかと」と村役人 紀州家鳥見役に釈明 早速 川ウソ落としの仕掛をかける。
● 6月 3日 岩槻城内の鷲 つるの巣を襲う。
● 6月 4日 紀州家より鉄砲方4名急派。
● 6月15日 16日 鷲2羽うち落とす。
  以上。

 註: 親鶴とひな鶴は文書に見当たらず 後日 将軍に献上されたと思われる。

 (原市沼を見守る会の現地立て札どおり)